変わっていく運動会。
こんにちは。実に1カ月ぶりの更新となってしまいました。
この夏は自分なりに変化をしてきている感覚が強くて、なかなか表現できなかったということもあり(言い訳)
八ヶ岳西麓の長野県原村も、朝晩は涼しくても9月に入ってからまた暑くなってきました。
おかげで、心配していた稲のいもち病も避けられて、なんとか収穫に向かえそうです。
今日、一部田んぼは落水しました。
今日は、次男小学校最後の運動会でした。
原村の中学校は、体育祭っていうものがないので、
中学校以降はたぶん、ここまでがっつり見に行くことはないと思うので、わたしたち親にとっても最後。
原村は校庭の周りに木陰もあって、テントはれる場所もあるので、今年は早めに行ってテントはってのんびり観戦してました。
コロナ以降、短縮がかさなって、実質各学年かけっこ+何かみせもの+選抜リレー となった運動会。
さらに、
今年は応援団もなく
点数もつけず
リレーもなくなりそうになったという変化があった運動会。
今、そういう感じになってるのが増えている?っていう話も聞いたけど(あんまり興味なくて調べてないけど)
細かいところでいうと、かけっこの順番もだんだん速い人になっていくのではなく、なんだか複雑に考えられて組み合わせられたよう。
次男はかなり前の方で走ったので、遅くなったの?ってきいたら、違うんだよこうこうこうで・・ってなんか説明してくれました。
よくわかんなかったけど。
まあ、いろんな理由があるのでしょうが
そんなに「差」を嫌わなくてもいいのになと思わざるを得ませんでした・・
生まれつき顔も違うし体格も違う
できることも違う
だから輝く場がそれぞれ違うということを
こういう明確な「差」が教えてくれることもあるのにな。
自分では到底あんなことできないけど、かっこいい!って思ったり
悔しい思いをしたり
競争することで磨かれる部分ってあると思うんですよね。
それをもにゃっと変な「公平」を前面にもってきて
それぞれがんばればいいね、みたいにぼんやりさせていくのって、そういう機会がなくなっていくし
なんというか、かえってわかりづらくなっていくような氣もするのです。
次男は彼なりに思いを抱えながらもがんばってやり切って帰ってきたので、さっぱりした顔をしてました。
組体操もがんばってた。でも、なんか、だんだん発表会ぽくなってる感じがしたなぁ・・
帰宅後、留守番していた長男は「赤白どっちかったの?」と聞いてきたので、それを話したら
ふーん。そういう時代になったのか
と一言。
相変わらず、わかってる風味な発言で笑ってしまったのでした。
まだまだ残暑が続いていますが、確実に秋にむかっていますね。
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