義母との縁
こんにちは。八ヶ岳西麓・長野県原村の山の中は昨日はマイナス10度を下回り、いよいよ本格的な冬到来・・という感じです。

さて、今年も終わりですね。
今年は、わたし自身というより、周りがいろいろ動いてひたすら環境変化を確認する、受け入れるっていう局面が多かったような。
そういえば、1年の流れの中で単独カードとして多かったのは受容の「8」だったな。
(タロットの話題ですが・・こちら)
この秋、義母が他界しました。
少し前から足が痛いと訴えていて
だいぶ我慢してたみたいなんだけど、病院でみてもらったら違うところの病気で。
治療を選ばなかったので、緩和ケアという流れになり、諏訪にきて数か月で人生の幕を閉じました。
義母との仲は決してよくはなくて、
わたしは自分なりに努力してみてたけど、最初からかなり強烈で
わたしに対する苦言というか、ワルクチに近いことを、わたしの母に言っていたということがわかったときに
もう無理
ってなって、その後は一切の窓口を夫にまかせ、
わたしは1年に1回、年末年始に伺って「今」に集中することで場を楽しむ、氣にしない、っていうスタンスでなんとかバランスを保ってきました。
義母が諏訪にくるってなる前も、かなりの無茶ぶりをオットにしていたので
基本はオットのサポートを・・・と思っていました。
だんだん小さくなっていく義母。
淡々と、でも笑顔で接してきていましたが、
相変わらず義母はオット、息子たちには握手したりしていましたがわたしにはしない、みたいな対応をしていました。
そんな義母もいよいよ施設では難しくなり、諏訪中央病院の緩和ケア病棟にうつることになりました。
病院にうつった数日後、さらに一氣に小さくなってしまった義母。ベッドの体重表示は35㎏をきっていました。
ああ、この人はもうすぐこの世を去っていくんだな・・・っていうわかっていたことだけど
急につきつけられた感じになって涙がこみあげてきて、おさえるのに必死になってしまいました。
そんなわたしを察したのかわかりませんが
珍しく義母はわたしをそばに呼んで、笑顔でみつめながら
「みよちゃん・・かわいいねぇ・・・」って言ってくれました。
義母の前で急に涙があふれてきました。
義母はわたしの手をにぎってよしよしって感じでわたしを撫でてくれていましたが
その2週間後くらいに、義母は他界しました。
これが、義母がまともに話した最後になりました。
わたしが、義母と最後にちゃんと話した人、となったのです。
そういえば、他界する2か月前に迎えた誕生日には、初めてケーキをつくって食べてもらいました。
チワワのメリーさんのお誕生日も一緒なのでメリーさんのケーキも。

今までかみ合ってこなかったけど
こうやって最後に触れあえるご縁もあるんだなぁと。
こういうご縁にも感謝して、冥福を祈ります。











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