解放までもう少し?

正月早々、夫婦喧嘩をした我が家・・・

どうやらこれは、私の奥底にまだ残っていた気持ちの解放のためのものだったみたいだ。

喧嘩のきっかけは、お金のこと。
次男の出産があった昨年は、私の収入はゼロ。
おまけに、次男の肌がまだ安定しないので仕事の先行きも考えられない状態だ。

でも、私はなんとなくお金にしばられるのが嫌で、「お金もエネルギーだし、まわさないとね!」なんてことを言い訳にして、あまり使い方を見直すこともせず、好きなことに使ってきていた。

・・・当然、家計は苦しくなりますな。あはは。

そのような当然のことをガツンと年末に気づかされたのだけど、まだ飲み込めなかった私は目をそむけようとしたんだよね。そこを主人が代わりにガツンと方向を変えてくれた。

さて、まだお金がいらないユートピアはこないみたいだし、現実問題としてできることは

節約する

収入を増やす

なんだけど、どうしても、私はどこかで「仕事(正確に言えばお金を得られる労働)をしていないなんて。専業主婦なんて、耐えられない」という気持ちが残っていた。

なんとかして、仕事ができないものか、探そうとしてみた。

でもね・・・

今の状況で、会社勤務はどう転んでも無理だし、今の体力でとれる時間は1日せいぜい2~3時間。まとまった仕事を受けられないよな。

グルグル考えながら重たい気持ちで2~3日、ネットをさまよい、いろんなことを考えてみた。

そんななか、とても具体的に仕事のことを考えなくてはならない状況もやってきてくれて、ようやく重たい気持ちが晴れてきた。

と同時に、私がやりたいこと、についてようやく考えられるようになってきた。

お金のためではなく、私がやりたいこと。
ここらへんに眠っていたんだな・・少しずつ見えてきた感じだ。
やりたいことを考え始めると、やはりワクワクしてきていろんなビジョンがみえてくる。
実際に達成した時の自分、過程を味わっている自分・・・いろんなもの。

お金のために、というスタートで考え出すと、なかなか見えなくて重たくなるんだよね。

そんな夜、主人が私にこう言った。

会社で仕事をするのは大事だし、やりがいもあると思う。
だけど、Miyoが今、長男と次男と向き合ってちゃんと成長をサポートすることは、どんな仕事よりも大切だし、重要なんだと思うよ。

ただ、それが今の日本で、いや、世界で社会的な位置づけとして認められていないだけなんだと思うんだ。

そうか。主人はわかってくれていたんだ。
わかっていないのは、私自身のほう。社会的な見方、位置づけの呪縛にとらわれていたのは私自身。

ここの呪縛、本当に根深くてね。
ようやく、解放の時がきているみたい。

もう少しで、何かが見えそうだ。