魔女狩りの記憶

2019年2月11日

ここのところすっかり寒くなりましたね。

10月いっぱいはがんばろうと思いましたが、薪ストーブ、始動しました・・・

 

いつもはアメブロとも連動しているこちらのブログですが、今回は独り言に近いのでこちらのみに綴ります。

 

ずっと、団体が苦手でした。特に女性の団体。

一対一で付き合っているといい人なのに、団体になると豹変するというか、団体の「意思」で動く。そんな感じがとても苦手で。

 

なぜ、個をつらぬけないのだろう。

なぜ、あのときああ言ったのに今は違うの?

 

裏表があるように見える言動をする人もとっても苦手でした。(今でも苦手です。)

 

わたしは、本当にいつも、ご縁をいただいた方すべてに自分のできることをしたいと思っていて、

それは昨日知り合った人であれ、10年以上付き合っている人であれ、そういう氣持ちの温度感はまったく変わらないのです。

 

なので、○○さんはどこどこグループだ、とか、そういう「所属」みたいなのも苦手なんです。

あの人は親友だから、っていう言葉もずっと苦手意識がありました。

だからこそ、ずっと親友を求めてきました。ありがたいことに、そういう友だちになってくれる人もあらわれて、そこへの不安感は払拭されています。

 

 

時々ふっとよぎる記憶のような、夢のような、不思議な光景。光景というか、氣持ち。

これは、おそらく・・・魔女狩りの時の記憶。細胞が記憶している、記憶。

 

仲間だと思っていた人が、味方になってくれなかった。

わたしは、ヨイコトをしてきたと思っていたのに、そして、みんな喜んでくれていると思っていたのに、違っていた。

 

振り返ると、たくさんの群衆。

その中に、知っている顔もちらほら。

そうだよね、家族がいるから。守るべきものがあるから。仕方ないのだよね。

 

わたしだったら、どうしただろう。

やはり、口をつぐんだのだろうか。

 

そんな思いを胸に、自分の死を迎える場所へ足を運んでいく。

 

そんな、記憶。

 

だから、わたしは自分の力を解放して思い通りにやるのが怖い。

また、同じことがあるかもしれない。あの恐怖と絶望と悲しさはもう味わいたくない。

 

だから、ひっそりと、こっそりと、信頼できる人、こんな小さな片隅でやっているわたしを見つけてくれる人だけにわたしのチカラを使いたい。

 

一方で、もっともっと急がないと。このチカラを必要としている人がもっといるような氣がする。

そんな片隅じゃ、見つけてもらえない。

 

この葛藤がいつもあります。

 

ここ数日、そういう思いが濃くなってきて、ちょっと身体が苦しかったりしました。

氣持ちは落ち着いているのですが、選挙の結果をみると、ザワザワを通り越して何ができるだろうか、とまた思いを新たにします。

 

でも。

 

結局、いただいたご縁を大切にするしかないんだよな・・というところに戻ってきます。

 

わたしは、この記憶を消そうとは思わないけれど、もう乗り越えられる確信はあります。

 

だから、やっぱり流れに身を任せて行くしかないなと思うのです。